セメント森

万物の存在は無意味か?


第1章 坊やの人間否定/(2)神の一槌

 やあ、今日は坊やが来てるのか。

 あ、先生。

 こんにちは!

 さあ、メロンよ。

 わーい!メロンだー!

 戴き物ですけど、先生も。

 いや、これはすみませんね。

 せ、先生、実はお伺いしたいことが…。

 あなた、先生からもお話が…。

 話?あの、話って、もしかして…。

 実は…ですね…ご主人。

 私、癌なんでしょうか?

 あなた!どうして…。

 …残念ながら。しかし最善の治療を…

 そうですか。癌ですか。そうですか…。で、あとどの位なんでしょう?

 半年、持ちこたえて一年、でしょうか…。

 半年ですか。あと半年。

 ねえ、先生。

 坊やはあっちへいってらっしゃい、今先生とパパが大人のお話をしてるのよ。

 ねえ先生、パパを治すの?

 そうだね、頑張ってパパを元通りにしてあげたいと思ってるよ。坊やだってパパに元気になってほしいだろう?

 うーん、よく分かんないや。

 坊や!なんてことを!

 坊や…いや、彼はこの世に人間は必要ないって思ってるのさ。

 どうしてそう思うんだい?

 まだハッキリした結論は出てないんだ。ただ生態系を辿っていくと、ね。

 ほほう、坊や、小さいのに難しいことを知ってるんだね。

 先生はどうしてお医者さんになったの?

 病気で苦しんでいる人を助けてあげるためだよ。

 どうして助けてあげるの?

 坊やは病気になったことがあるかい?

 先月風邪で寝込んでた。

 苦しかっただろう?早くよくなりたいって思ったろう?

 うん。

 世の中にはもっと辛い病気で苦しんでいる人がたくさんいるんだ。パパだってそうなんだよ。だから世の中には医者が必要なんだ。分かるね?

 でもさ、もし病気が治った人が将来核戦争を引き起こすようなヒドイ人だったとしたら、その病気が治らない方がいいと思わない?

 それは結果論だよ。「結果論」て分かるかな?

 大丈夫だよ。もう子供じゃないんだ。

 まあ、この子ったら…いつの間に…

 じゃあこう考えたことはあるかな?もしその人が悪いことじゃなくて、たくさん良いことをする人だとしたら?

 良いことって?

 例えばたくさんの人の命を救うとか、すごい発明をするとか。

 なるほど。でもそれも結果論だね。それに人の命を救うことが「良いこと」とは限らないんじゃないかな。さっきも言ったけど、助けられた人がみんないい人かどうか、分かんないわけだし。ダイナマイトの発明だって、結果としていいことだったのかどうか分かんないじゃない?
 あのね、僕、さっきパパとも話をしてたんだけど、この世に人間はいらないんじゃないかなって思うんだよ。だから医者の存在も無意味じゃないかなって。

 坊や、やめなさい!ママ怒るわよ!

 いや、奥さん、私の存在が無意味だなんて言われて黙ってられませんな。坊やとはじっくり話し合う必要がある。止めないでください!
 いいかね、坊や。人間の中には確かに悪いことをする人もいる。しかしだね、だからって「人間はいらない」なんていうのは極論だよ。

 「人間の中には」っていうけど、僕が言ってるのは先生の言ってることとは次元が違うんだ。つまり自然破壊の問題さ。いまや人間が生きてるだけで自然が破壊されてゆくんだ。僕の言ってることを否定できるのは原始的な生活を送ってる人たちだけだよ。

 つまり文明がいけないってのか?

 そうだね、今の「文明」がいけないって言う方が適切かも知れない。でもその文明を産み出してるのは人間だからね。結局いわゆる文明社会に住む人間は必要ないってことだよいつまでも原始の生活をおくっていればもっと幸せだったのさ。
 もし僕が聖書に出てくるような神様だったら、やっぱり洪水を起こしたと思うね。

 でも君は人間じゃないか。文明社会に生きている君だって、この世に必要ないってことになるぞ。君も君が否定する人間の仲間なんだ。それとも君一人でこの世の中を原始に戻せるとでも思っているのかな?
 ふん、偉そうなこと言う人間はいっぱいいるけど、結局みんな有言不実なのさ。自分のことは棚に上げといってってヤツ。車の排気ガスをどうのこうのいう奴だって、突然自分の腹が裂けるように痛くなったら「救急車!」って叫ぶのさ。
 「いつまでも原始の生活をおくっていればもっと幸せだった」って?今更何を言ってるんだね。もし君の言うような世界にするとしたら、今ある文明を全て捨てなきゃならん。世界革命でも起こすつもりか?

 …多分バカな人間たちには分からないだろうと思うけど…。考えはあるんだ。

 ほほう、どんな考えなんだ?聞かせてもらおう。

 あら、なんだか表が騒がしいわよ。

 なんだ…あ、なんだ!テレビの中継車が来てる!

 パトカーも来てますな。

 僕が呼んだんだ。

 坊や、どうしてあなたが?

 あ、坊や、そんな所に立っちゃ危ないぞ!

 君、ここは9階なんだ!落ちたら死ぬぞ!

 詳しいことはテレビ局の人に聞いてよ。僕の声明文を持ってるはずだから。
 …何かキッカケが必要なんだ、すごくショッキングなキッカケがさ。そうしないとバカな連中は本気で考えようとしないんだ。そして今日、僕がそのキッカケになるんだ。
 ちょうど神様が「無」の状態にビッグバンを起こして、宇宙を産み出したみたいにさ。
 さよなら、パパ、ママ。

 キャーッ!!

 坊やぁぁ!!!

(つづく)

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