by 秋津 祐



If you can't wait till the movie airs, you have a chance to see Peter Falk on New York stage.・・・in an all new Arthur Miller play, “Mr. Peters' Connections”・・・
    『もしオンエアが待てないのなら、NYの舞台でピーター・フォークを見ることができる。 彼はアーサー・ミラーの新作“Mr. Peters' Connections”に出演するのだ』

1998年4月、インターネットで見つけたこの一文が始まりだった。
---コロンボ、そして何よりピーター・フォークのファンを自負する私は、2年前に旅行先の ポスターショップで『peter falk in MAKE AND BREAK』という舞台のポスターを見つけてから、 漠然と「舞台も続けているんだ、見たいなぁ」という思いを抱き続けていた。
アメリカでは評判が良かったはずの映画『Roommates(最高のルームメイト)』が、日本では 劇場未公開・ビデオ発売のみになったことも、ニューヨーク行きを決意した一つの要因だった。
日本にいてフォークの演技をスクリーンで見られないのだったら、次にアメリカで公開される フォークの映画は、アメリカへ行って見るしかない…そう思っていただけに、このほんの数行の情報は、 行動をおこすのに十分なものだったのだ。
目の前で、生きて、演技しているフォークが見られる舞台なら、映画以上に見に行く価値がある!
「フォークのデビューはオフ・ブロードウェイ。彼の演技の本質は舞台にあるのかもしれない」
私はすぐさま、ネット上でのチケット手配を試みたがどこもメジャー作品の取扱いばかりで 見つけられない。翌日、日本のチケットエージェントに電話を入れてみた。 しかし、ここでもオフ・ブロードウェイということもあってか即答はもらえない。
---返事を待つ間にプレビューは、もうはじまっていた。
実際にチケットが取れたという返事があったのは10日以上も経過してからで、しかも6月19日の 1日分のみ。希望は少なくとも3日分だったのに…。
しかし、SOLD OUTではしかたがない。これは評判が良い兆しと思って、気分を切りかえた。
かくして6月16日、私は機上の人となった。オフ・ブロードウェイの舞台を思い描きながら…。


飛行機は徐々に高度を下げ、マンハッタン上空へさしかかる。
そう、この情景が見たくてJ.F.K.ではなくラガーディア空港着の便にしたのだ。
眼下には高層ビル群。もう少し目を凝らせば、あのビルの中でうごめく人々さえ 識別できるのではないかと錯覚しそうになる。 鮮明なビルの陰影が反対にリアリティを失わせているのかもしれない。
ただ、この中に目指すSignature theatreがあることは事実なのだ。

午後1時58分定刻どうり到着、出足は順調といったところ。
空港からはタクシーでWest 42nd streetのホテルへ直行、とにかく劇場へ一番近いホテルを 予約しておいたのだ。

42nd streetはオフブロードウェイの小劇場が数多い。
しかし、タイムズスクエアより西側の42nd street地域は大規模な再開発を進めている真っ最中で、 老朽化したビルは次々に解体の憂き目にあっているようだ。いたるところが工事中である。 1年後の1999年には真新しいビルが立ち並ぶ治安のいい地区となるのだろう。 古いビルに小劇場というのが、なんとも味があるのだけれど…。

ホテルでチェックインを済ませるとまず劇場へ向かう。同じブロック内、歩いてすぐのはずである。
Signature theatreは10Aveと11Aveの間で42nd streetでもかなり西側に位置している。 このあたりも例にもれず、鉄柵が組まれたり、落下物防止用に2階部分からひさしのようなアーケードが つくられていた。西のはずれということもあってか昼間なのに人どうりは少なく、南に面しているのに アーケードのために光がとどかない。
一瞬薄暗い空気を感じたけれど、生き生きとした街路樹のざわめきが爽やかさを運んでくれて、 なんだかホッとする。マンハッタンにあってこの静けさは贅沢にさえ思えた。
ふと視線を上げると、『PETER FALK IN MR. PETERS' CONNECTIONS』と書かれた看板が ぶら下がっており、足を止めた。
以外なほど小さかった。しかしそこには手作りのような暖かさと誠実さが感じとられた。
これが、現実の“Mr. Peters' Connections”に直接ふれた第一印象というわけである。



Attention Must be Paid
A work of rare honesty and dignity. Hynes unfolds the play as bluesy trumpet solo and Falk plays the riffs with a sensitive ear for the Wry humor of Miller's wriiting
Fintan O'Toole, Daily News
Falk is a master.... His body speaks volumes and he brings humor and warmth to the weathered Mr.Peters.
Robert I. Daniels, Variety
There is a solid core to the evening that makes us wonder why it took so long Falk and Miller to find they'er such a natural together. Mr.Peters .... is filled with enough graceful wit and wisdom to make its own collectible volume. There are far more quotable lines than we have space.....
Linda Winer, Newsday
One of the central tenets of the admirable Signature Theature Company involves seeing a body of a dramatist's work, of understanding indinidual plays as part of a flowing dialogue. The play in which Mr.Peters appears is clearly part of the continuing work of the major American playwright.
Ben Brantley, New york Times
Flashes of wisdom about life and God remind you how good Miller can be these days
David Patrick Streanns, USA Today
Miller is an urban poet with a dirty face, spelling out the legends and fantasies of his place and generation. It's a good play
Clive Barnes, New york Post
It's interesting to see the old master working in a new dramatic form at Signature Theature Company.
Michael Sommers, The Star Ledger
By play's end, you feel you've been on a journey with an eloquent guide.... Falk, with his old-shoe manner and querulous inquisitive voice, turns out to be precisely right for the demanding
Clifford A. Ridley, Philadelphia Inquirer
劇場前に立ってみると、いたってシンプルなのに驚いた。偉大なると形容詞がつけられる劇作家 アーサー・ミラーのワールドプレミア公演にしては…。
いやこれが、普通なのかもしれないし、そうでないかもしれない。オフブロードウェイで芝居を見るのは 初めての私には正確な判断はできない。
劇場の入ったビルの前面は大きなガラスの壁と左右の端に簡素なドアがあり、ガラス面の内側から 各々違うポスターが3点、整然とつるしてあるだけだ。どれもモノクロである。 一つはピーター・フォークの顔写真を大きく扱ったポスター、もう一つは劇場のマークとスタッフや キャストがクレジットされただけもの、あと一つはプレビューでの各紙の批評の抜粋を 掲載したものだった。(右の表参照)




劇場入口



左のドアの奥にボックスオフィスが見える。今日の公演のチケットはあるだろうか。
フーッと息をはく、何だか急に緊張してしまう。私は英語が苦手なのだ。ここまで来ているというのに、 今さら英語が苦手なんて…遅すぎる。

ポストカード
「見たい!」
その気持ちだけが頼りである。
 とにかく、ドアを開けよう。

“・・・today's tickets ?”“Sorry, Sold out.”“tomorrow ?”“Sorry”
短い会話で終わってしまった。
「ダメか」と思いつつ、ふと視線を横にやるとポストカードが目についた。私の視線の行くえに気がついた ボックスオフィスにいた男性が、“Please”といった感じの視線を送り小さくうなづいてくれている。
“Thanks”と小声でかえして、遠慮なくカードは持ち帰ることにした。
ピーター・フォークの写真入ポスターをベースにしたカードだった。
チケットは手に入らなかったけれど、形のあるものを手にしたことで「数日後には、ここの舞台を 実際に見ることができるんだ。」という実感が込み上げてきて、それだけで嬉しくなってしまった。 今日のチケットが入手できなかったことも忘れて…。なんと単純な私だろう。

ホテルへ戻って時計を見ると午後4時42分。
日本で利用したチケットエージェントのニューヨーク支社に電話してみようと思った。 念のため調べておいたのだ。日本語でOKのはずだから電話でも安心だ。
英語に自信のない私は公演を一回みただけでは、理解できず、はがゆい思いをするのは 目に見えている。
あと一回分でもいいからチケットを手に入れたい。だから、ほんの少しの可能性でも今はそれに頼りたい。
電話をかけ要件を伝えると手配できたら連絡するとのこと、ただ明日になるだろうと言われた。
そういえば楽屋口はどこだったのだろう。ビルの裏手だろうか。
開演は午後8時となっているが、役者の楽屋入りは何時頃なのだろう。
劇場近くにホテルをとったのは、楽屋入りに遭遇するチャンスを期待する気持ちも 少なからずあったからだった。
あとでもう一度出かけて見よう。


6時を過ぎて劇場前に行ってみると、20代〜30代くらいの男女が数人、 左のドア側の階段に腰かけていた。わりとカジュアルな服装をしている。
私はその前を通りすぎ、このビルのある1ブロック分を一周してみることにした。
裏通りにまわると人影がなく、危険な感じがして少し躊躇したものの、 思い直してそのまま進むとSignature theatreのあるビルの裏手と思われるあたりに来た。 そのビルは舗道よりずっと奥まっている。門からビルまで続く緑の植え込みが関係者以外は 近づけない雰囲気を漂わせていた。
こちらが楽屋入口なら諦めるしかないなと思い、そのまま急ぎ足で歩きはじめた。
突然、目の前にマッチョな背の高い男性が3人ビルから飛び出して来て、ぶつかりそうになり、 思わず私は足がすくんでしまった。飛び出してきたビルの方向に目をやると消防車が止まっている。 えっ、ここは消防署なのか。外観にはそれらしい雰囲気はないのだが…。 それに3人の男性はただふざけ合っているだけのようで私のことなど気にもとめていない。
とんだ取り越し苦労、ほっとした。日本の消防署とはえらく違う。やはり、ここはアメリカなのだ。

足ばやにぐるっと一周して劇場前に戻る。右のドア側の階段に腰かける。
左には先ほどいた人たちがまだいるが、少し人数が増えたかもしれない。スタッフの人たちのような気もする。
劇場の中にも人影が見える。もしかしたら、フォークはもう入ってしまっている可能性もあるわけだ。
それに正面から楽屋入りするとは限らない。
でも、とにかく待ってみよう。
リムジンだろうか、タクシーだろうか、劇場正面の車道には路上駐車の車がつらなってすき間がない。 ということは、少し離れた所で降りて歩いて来るかもしれない。右からなのか…、左からなのか…。
まるで首振り人形みたいにキョロキョロしてしまう。時間だけがゆっくりと過ぎていく。
そういえば、飛行機の中でも一睡もできなかったし、いったい何時間起きたままなのだろう。
こうやってすわっていると、本当に根がはえてきそうだ。瞬間ぼーっとしてしまう。


「あれっ」背後に人の気配が。通る人には気がつかなかったが…。思わず、ガッと立ち上がって 振り返った。
ドアに手をかけた白髪まじりの男性の背中が目の前1mくらいのところにある。 パリッとした白地にブルーのストライプの長袖シャツを着ている。
真後ろで勢いよく立ち上がった人の気配をその男性は感じてか、ドアのノブに手をかけたまま、 ゆっくりふり返る。その男性のナナメ45°の顔には髭があった。
私は大きく息を吸い込んだまま完璧に固まってしまっている。
男性は反応のない私を見て、ゆっくりドアを開け劇場へと入っていってしまった。
間違いなくピーター・フォーク本人だった。
ガラス越しにロビーを行ったり来たりしている姿も見える。
そして、やっと私は平静にもどった。
やはりピーター・フォークだ。あんなに唐突に現われるなんて、一瞬錯覚かと思った。 ポスターの写真には髭はないのに…。
ふっと、1971-72にブロードウェイで出演した『二番街の囚人』でも同じような髭をたくわえていたのを 思い出した。
会えることを期待して、こうやってここに来ていながら、どこかで無理かな…と思ってる部分もあって、 会えたらどうしたいのかは頭の中から消えていた。
カメラも新しく買いかえて来たというのに。大失敗。
でも、初日に接近遭遇するなんて幸運なのかもしれない。
長い長い一日にやっと終りが見えてきた。
午後7時20分、まだまだ外は明るいけれど。



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Act 7 〜 13